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個人内におけるナンパの定義の変遷、あるいは「生き続ける」方法

ナンパを始めて1年くらいはひたすら数を追うことが刺激的で楽しかった。

 

あまり口に出したり文字にしたことはないが、
自分の中で数を追うために必要なマインドセットやルールも編み出したりした。

 

それは「心を捨てて、淡々とこなす」ということだ。

 

自らが機械のように、あるいは、相手をモノのように見なすことで、
断られても傷つかないし、感情を入れないことで、関係を継続させなくてもいい。


なにより、数学的、統計的に処理を進めていくので、

判断が正確になり、間違いも少なくなる。
ダメなものはダメ。いけるものはいける。

 

ただ、これをやっていると当たり前だけど、それは自分じゃなくてよくなってくる。
結局、ナンパをやって数をこなしているのはプログラムであって、
自分の中の好奇心や感情ではなくなってくるわけだから。

 

それでも快楽や欲求に従い、ただひたすら続けるか。
意味を求めるためにスタンスを変更するか。

 

私は後者に転向しつつあった。

その意味とは、誰かの役に立つことであった。

自分の快楽のためではなく、誰かの助けとなったり、
必要なものを提供する存在として、
私はナンパするようになった。

 

そこには、
これまで素人の女性とセックスしたことがないという男性がいたり、
彼氏に相手にされてどうしたらいいかわからないという女性がいたりした。

 

私がいることで、その人の時間の価値があがるなら、
喜んでその人の時間に参画する、それが現在の私のナンパである。

 

そのときどきで、自分の価値観の全体を見渡して最善だと思うことをやっていく、
「生き続ける方法」というのは、結局、それくらいのやり方しかないのかもしれない。