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恋愛からの離陸。

私は自由であり続けることに

人生の価値を置いている。

 

自由でなければ、

生きる意味がないと考える。


自由であるためには、

3つの要素が必要だ。

肉体的な自由。すなわち健康。

精神的な自由。すなわち知性。

金銭的な自由。すなわち収入。

健康で、知的で、

そこそこの収入がある状態。

私はこれを、

最低限の自由な状態であると考える。

なぜ私がナンパをしているか

というのも、

「自由」に大きく関連している。

残念ながら男に育った瞬間、

「性的な自由」という

問題が付きまとってくる。

「性的な自由」がない状態にあると、

上記の3つの自由さえも、

満足に獲得できなくなってしまうのだ。

 「彼女いない歴=年齢」の男が、

健康で頭が良くて収入があっても、

自由に見えないのはおわかりだろう。

逆に言えば、

いつでも、好きな人と、

交われる状態。

それが実現できれば、

男の煩悩の8割は焼却できたも同然で、

後は、健康と知性と収入のために

邁進すればいい。


だからこそ、私はナンパをしている。

もし、ナンパをしていなければ、

職場の巨乳ゆるふわ女子たちの視線に

翻弄され、

クライアントのクールビューティに

非モテコミットし、

満員電車で密着してくる女子高生の

臀部に手を伸ばしてしまうかも

しれないのだ。


いけない。

これは、いけない。


だから、私はナンパをして、

女性を魅了し、ホテルや自宅において、

性行為をすることによって、

性的な自由を得たと

「錯覚」しているのである。

さて、なぜ「錯覚」なのかと言えば、

ナンパにおいて、

性行為へいたる道筋自体が、

その多くの場合、

演出によってなされるからである。

「●●君のこと、

  よくしらないのにしちゃった」

このセリフは、

非常にファクトの弱いセリフである。

彼女の主観的な認識の上にしか

成立していない。



そう。

性行為へ至る道筋は、

事実を積み重ねていく

コンストラクション(建設)ではなく、

むしろ、あやふやな嘘を塗り重ねていく

ドローイング(描き)である。

ナンパというリアルは、

現実の体をしたアクセシブルな

フィクションなのである。

このねじれ構造を理解し体得すれば、

きっとあなたは

ナンパの理論的な背景を

おさえたことになると思う。

ナンパを上手く行かせたければ、

相手の眼前に相手が気持よく解釈できる

フィクションを作り出せばいい。

そのストーリーテリングこそが

ナンパなのだ。

このスキルを手にした瞬間、

 あなたは恋愛から離陸し、

自由を手に入れる旅へと

羽ばたくことができるだろう。

そして、きっと思うはずだ。


「どうしてみんなあんなに

    恋を楽しそうに語るんだろう」と。

 

少しの羨ましさを胸に抱いて。