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ナンパで、得たものと失ったもの。


ナンパというものが私の人生観に与えた影響について、

 

文章化しておく必要があると思った。

 

 

 



その衝動は突然であった。

 

 


よく晴れた春の土曜日の午後、

あるガールフレンドからデートのドタキャンの連絡が入った。

その瞬間、私はナンパをしようと思った。

 


夜9時ごろに西麻布の名前も知らないバーに一人で行き、

二人組に声をかけた。

話すと彼女たちは中国人だった。

しかし終始笑顔で、

私と会話をしてくれた。

 


そしてしばらくして、

ミッドタウンの麓のバーに入った。

 

ひどい人混みだった。

春の曖昧な暖かさが、

多くの男女を優柔不断にしていた。

 

ビールを飲み干すタイミングで、

突然私の目の前の女性が席を立った。

 

彼女はトイレに行くようだった。

私は、さも知り合いかのような馴れ馴れしさで

「席をとっておくよ」と声をかけ、

彼女がいた椅子に座った。

 

 

彼女はトイレから戻ってくると、

打ち解けた様子で

私にクラブに行かないかと誘った。

 

 

私と彼女と彼女の友達は

三人でクラブに入った。

すべて彼女のおごりだった。


その夜、私は、

そのクラブで三人の女性とディープキスをした。

 

彼女と、彼女の友達と、

ラウンジでビール飲んでいたまったく知らない女性と。


それまでも、会ったその日に女性と

肉体的な関係をもったことはあった。

 

しかし、それ以上に、この日私は、

一つの真実を知ってしまったようだった。

 

「意志と知識と技術さえあれば、もう女には困らない」

 

 

それは、根拠のない確信でもあった。

ただ、私はこの脆弱な確信をベースに、

ナンパをはじめたのだった。

ある夜は銀座で、ある夜は六本木で、

ある夜は恵比寿で、ある夜は新宿で。

2ヶ月で、15人ほどの女性と

肉体的な関係を持つことになった。

私はその2ヶ月で、

大きな世界観の変化を経験することになった。


それまでの私は、

モテるためには、金銭と社会的地位が、

何よりも重要だと信じていた。

 

ゆえに我慢して働くという生きかたを

肯定的に捉えていた。

 

自らの外的評価さえ上がれば、

女性にチヤホヤしてもらえると考えていたのだ。

 

しかし、ナンパで数多くの魅力的な女性と

関係を持てることを知ってしまうと、

私のなかでこれまでの信念は大きく揺らいだ。

 

地位や名誉や給料などは、

モテるための本質ではない。

 

意志と知識と技術さえあれば、

女には困らないのだと。

 

私はそれまで、我慢して努力していればいつかは、

 女にチヤホヤされるんじゃないかと思って頑張っていた。

 


偉くなれば接待でキャバクラに

連れて行ってもらえることに

本気でワクワクしていた。

 

が、いちどナンパを経験して、

自らが望めば捌き切れないくらいの女性を

 ゲットできてしまうことを体験してしまうと、

 我慢して努力することはアホらしくなってしまった。

 

キャバクラに連れて行かれるくらいなら、

ひとりでナンパすることを選ぶようになった。

言い換えれば、

 

人生における地位や名誉の価値は薄れ、

時間的自由・金銭的自由・社会的自由の重要性が高まった。


ナンパを通じて失ったものは、

ファンタジーを信じて努力する姿勢。

 

ナンパを通じて得たものは、

自らを自由に保つことの本質的な重要性。

 


どちらが優れているかという価値判断は私はしない。

 

世界を革新するようなイノベーターには、

 もしかすると前者のようなマインドが必要なのかもしれない。

 

ただ、真実に近いのは、確実に後者である。

 

事実は小説より奇なり。

ナンパとはフィクションではなくドキュメンタリーである。

 

さて、真実を知ってしまった人間は、

次になにを求めればいいのだろう。

 

少女漫画のようなフィクションの恋愛なのか。

幻想が存在しない殺伐とした世界なのか。

 

私は後者だと思う。

その世界に幻想はない。

 

 そこは、事実しか存在しない世界。

 

恋愛とは性欲の言い換えで、

結婚とはビジネスの一つの形態。

 

 

そんな無機質な世界でなにを愉しめばいいのだろう?

 

 

 

いや、そうではない。

 

 


心を惑わすものがなくなった世界こそ、

 あなたがもっとも

パフォーマティブに生きられる世界なのだ。